相続登記は今すぐするべき?先延ばしに潜むリスクがよく分かる5つの事例

令和6年4月1日から、相続登記の義務化がスタートすることが決まっています。

「まだ先の話だから、今すぐする必要ないよね」という方もいらっしゃるでしょう。

たしかに、義務化がスタートするのはまだ先の話ではありますし、義務化されてからも「相続の開始及び所有権の取得を知ってから3年間」という期間の余裕があります。

しかし、ここで皆さんにお伝えしたいのは、「義務化や期限に関係なく、相続人同士の話し合いがまとまっているのであれば、相続登記は今すぐするべき」ということです。

相続登記を先延ばしにするメリットはほとんど無いに等しいです。

むしろ、先延ばしにすることによってさまざまなリスクが発生する恐れがあるのです。

今回は、相続登記を先延ばしにすると発生する恐れのあるリスクについて、事例をもとに解説したいと思います。

相続登記の先延ばしに潜む5つのリスク

  • 相続人の死亡
  • 相続人が認知症になる
  • 相続人が行方不明になる
  • 相続財産が差し押さえられる
  • 相続人の気が変わる

相続人の死亡で話し合いが白紙に

事例1

Aさんは、父親が亡くなったため、父親の遺産をどうするか他の相続人と話し合いをしました。相続人は、Aさんと兄と弟の3人。兄弟での話し合いの結果、父親の不動産はAさんが相続することに決まりましたが、相続登記はしませんでした。その数年後、Aさんの兄が亡くなりました。Aさんは、不動産の相続登記をしようと思い、兄の妻や子供たちに連絡しましたが、「そんな話は聞いていない。不動産についても自分たちの相続分はもらう権利があるはずだ。」と言われて、手続を断られてしまいました。

相続登記手続では、適正な遺言書がある場合を除き、法律上の相続人全員が手続に協力する必要があります。

具体的には、相続人全員による話し合い(遺産分割協議)で、不動産を誰が相続するか決め、遺産分割協議書に全員が記名押印することになります。

当然のことながら、相続人の数が少ないほど、話し合いもまとまりやすいですし、必要な書類も少なくすむので、手続はスムーズに進みます。

ところが、せっかく話し合いがまとまったにも関わらず、相続登記はしていないというケースが意外に多くあります。

理由は色々あるのでしょうが、このように相続登記を先延ばしにすることは、手続上大きなリスクを抱えることになります。

それは、「相続人の死亡」というリスクです。

相続登記をしないでいるうちに、相続人の誰かが亡くなった場合は、亡くなった人の相続人が手続を行うことになります。

せっかく以前の相続人同士で話し合いがまとまっていても、それが口約束だけの場合は、新たな相続人との間で一から話し合いをやり直さなければならないのです。

人が変われば、話し合いの内容も変わります。

新たな相続人との話し合いが難航すれば、手続が頓挫してしまう場合もあります。

このように、当初は問題なくできるはずだった相続登記も、先延ばしにすることで手続き自体が難しくなる恐れもあるのです。

また、長年相続登記をしないでいると、次々と相続人が亡くなることにより、手続に関わる相続人の人数が膨大になることもあります。

当初は数人だった相続人が、長年の放置により数十人になることもあります。

そのような状態になってから相続登記をしようと思ったら、どうなるでしょうか。

相続人の調査だけで膨大な戸籍を取り寄せる必要があります。

数十人もいる相続人一人一人に手続への協力をお願いすることになります。

相続人の中には、会ったこともない人もいるでしょう。そんな人とも遺産について話し合いをする必要があります。

仮に、一人でも手続きに協力をしてもらえない場合は、調停や審判など裁判所での手続を考えなければなりません。

・・・想像しただけでも、とても気が遠くなる話です。

このように、当初は簡単にできるはずだった相続登記も、長年放置することで、自分たちでは手に負えない手続になってしまうこともあるのです。

相続人が認知症に…

事例2

Bさんは、父親が亡くなったため、父親の遺産をどうするか他の相続人と話し合いをしました。相続人は、Bさんと母と妹の3人。話し合いの結果、父親の不動産はBさんが相続することに決まりましたが、相続登記はしませんでした。それからしばらくして、母親が重度の認知症になってしまい、意思疎通ができなくなってしまいました。Bさんも妹も遠方に住んでいたので、母親の療養看護のため成年後見人がつけられました。その後、Bさんは不動産の相続登記をしようとしましたが、成年後見人から母親の法定相続分を確保する必要があると言われ、母親の法定相続分に見合う金額を支払うことになりました。

社会の高齢化に伴い、認知症になる方が増加する中で、相続人が認知症になってしまうということも考えられるでしょう。

このような「相続人が認知症になる」ことも、相続登記の先延ばしに潜むリスクの一つです。

相続人が認知症になった場合、その症状にもよりますが、判断能力の低下により、自分で遺産分割協議などの相続手続をできないものとみなされます。

このような場合には、本人に代わって財産管理や身上監護を行う成年後見人をつける必要があります。

本人に代わって遺産分割協議を行うことも成年後見人の仕事となります。

成年後見人は、本人の権利を守る義務がありますので、一方的に本人の権利を放棄することはできません。

そのため、遺産分割協議においても、よほどの理由がない限り、本人が得られるであろう法定相続分を確保できる内容でなければ、成年後見人の立場として認めることはできません。

たとえ認知症になる前にその人との間でどのような話し合いをしていたとしても、それが口約束だけの場合は、改めて成年後見人と遺産分割協議をする必要があります。

そして、成年後見人との話し合いでは、基本的に法定相続分は分ける必要があるということになってしまうのです。

相続人の行方が分からなくなった

事例3

Cさんは、父親が亡くなったため、父親の遺産をどうするか他の相続人と話し合いをしました。父親の相続人は、Cさんと弟の2人。話し合いの結果、Cさんが不動産を相続することに決まりましたが、相続登記はしませんでした。その数年後、弟は行方不明になってしまいました。Cさんは、不動産の相続登記をしようと思っても弟の所在が分からないため、途方に暮れてしまいました。

相続登記を先延ばしにしているうちに、相続人の誰かが「行方不明になる」ということも考えられます。

この場合、行方不明だからといって、その人を除いて手続をすることはできません。

どれだけ調査をしても相続人の行方が分からない場合は、裁判所に申し立てて、その相続人のために「不在者財産管理人」を選任する必要があります。

不在者財産管理人とは、行方不明の本人に代わって本人の財産を管理する人で、本人の代わりに遺産分割協議も行います。

先ほどの成年後見人と同様に、不在者管理人も本人の権利を守る立場であるため、本人の法定相続分を侵害する内容の遺産分割協議は基本的に認めることができません。

このように、相続人が行方不明になった場合は、裁判所に申し立てて不在者財産管理人を選任してもらい、不在者財産管理人との間で遺産分割協議を行う、という手順を踏まなければならなくなります。

相続人との話し合いが成立した時点で相続登記をしていれば何の問題もなかったのですが、先延ばしにしてしまったために当初は必要のなかった手続をしなければならなくなってしまうということもありうるわけです。

債権者から差し押さえられた!

事例4

Dさんは、父親が亡くなったため、父親の遺産をどうするか他の相続人と話し合いをしました。父親の相続人は、Dさんと弟の2人。話し合いの結果、Dさんが不動産を相続することに決まりましたが、相続登記はしませんでした。その後、弟が事業に失敗して多額の債務を負うことになってしまいました。銀行などの債権者は、父親の不動産の弟の法定相続分に対して差押えの登記を行いました。

相続人の中に、借金のある人がいる場合は、差押えのリスクに気をつけなければなりません。

債権者は、裁判による判決などを経て、債務者の財産を差し押さえることができます。

この場合、「債務者が相続する権利のある財産」も差し押さえの対象になります。

そのため、相続登記をせずに被相続人の名義のままになっている不動産についても、債権者は差押えをすることができます。

「相続人同士の話し合いでこの不動産は債務者以外の相続人が相続することに決まっている」といったところで、相続登記をしていなければ、第三者である債権者には対抗することはできません。

結局、差し押さえを外してもらうには、借金を返済しなければならない、ということになってしまいます。

人の心は変わります

事例5

Eさんは、父親が亡くなったため、父親の遺産をどうするか他の相続人と話し合いをしました。父親の相続人は、Eさんと弟の2人。Eさんと弟の仲はよかったので、弟はEさんが遺産の全部を相続することに快く同意しました。しかし、不動産の相続登記はしませんでした。その後、些細なことが原因でEさんと弟の関係は悪化し、両者の音信は途絶えることになりました。Eさんは、不動産の相続登記をしようと思いましたが、関係の悪化した弟は手続きを拒絶。結局、話し合いでの手続は諦めざるをえなくなり、裁判所での調停手続きに入ることになりました。

相続人同士の人間関係や、それぞれの生活環境や経済状況は、時間の経過とともに変化します。

その結果、当初は円満に話し合いが成立していたとしても、時間がたてば相続人の誰かが意見を変えることもありえます。

「以前話し合いで決めたじゃないか」といっても、そのときに遺産分割協議書を作っていないのであれば、言った言わないの水掛け論になってしまいます。

もちろん、口約束であっても法律上は遺産分割協議は成立したことになるのですが、それを証明するものがない限り、相続登記はできません。

そのため、今回の事例のように、相続登記をするためにまた一からやり直しをする羽目になる場合もあるのです。

おわりに

今回は、事例を交えながら、相続登記を先延ばしにすることによるリスクについて解説しました。

今回ご紹介した事例のような問題が発生してしまった場合、相続登記をするために多大な労力や時間、経済的なコストをかけることになってしまいます。

当事務所にも、今回ご紹介した事例に似たような問題を抱えてご相談に来られる方がいらっしゃいますが、やはり相続登記を早めにしていれば未然に問題を防ぐことのできたケースがほとんどです。

もちろん、相続登記をいつするのかということは、当事者である皆様の自由ですので、それを強制することはありません。

ただ、司法書士という立場で申し上げるならば、ただ一言。

「相続登記はすぐにやるべき」ということです。

できることならば、心に留めていただければと思います。