相続人の中に認知症の人がいる場合の相続手続について
高齢化が進む中で、認知症の方も年々増加しています。
2025年には、高齢者の5人に1人は認知症患者になると言われています。
このような中で、相続が発生したときに、認知症の方が相続人になるケースも増えています。
相続人の中に認知症の人がいる場合は、基本的に通常の相続手続を行うことができません。
では、こうした場合には、どのように相続手続を進めればよいのでしょうか?
今回は、このような「相続人の中に認知症の人がいる場合の相続手続」について解説していきます。
この記事のポイント
- 相続人が認知症の場合、成年後見人を選任したうえで、成年後見人が本人に代わって遺産分割協議を行う。
- 成年後見人が遺産分割協議を行う場合、本人の法定相続分を侵害するような内容の遺産分割協議はできない。
- 不動産については、法定相続分どおりに相続登記をする場合は、遺産分割協議をせずに相続人の一人で手続きをすることができる。
- 遺言があれば、遺産分割協議をすることなく遺言の内容どおりに財産を分配することができるので、事前の対策としては一番の方法である。
認知症の家族がいる場合の遺産分割協議
相続が発生したとき、被相続人が遺言を残していない場合は、相続人全員で遺産分割協議を行い、相続財産の分配について決める必要があります。
ところが、相続人の中に認知症の方がいる場合は、その人の認知症の度合いにもよりますが、判断能力がないため、話し合い自体ができません。
このような場合に、遺産分割協議を進めるには、認知症の相続人の代わりに遺産分割協議をしてくれる人を選任する必要があります。
具体的には、認知症の相続人のために「成年後見人」を立てることにより、成年後見人が代わりに遺産分割協議に参加して相続手続を進めることができます。
成年後見人とは
成年後見人は、本人の不動産や預貯金の管理をしたり、本人の身の回りの世話のために介護サービスや施設への入所に関する契約や手続きなどをする、本人のために財産管理や身上監護を行う人です。
すでに認知症などにより判断能力を欠いている人のために成年後見人を選任する場合には、家庭裁判所へ申し立てを行い、成年後見人を選任してもらうことになります。
成年後見人には、特に資格が必要とされていないため、法律の専門家や福祉関係の専門家以外でも、本人の親族がなることもできます。
成年後見制度を利用するときに気をつけるべきポイント
一見、便利な制度のように見える成年後見制度ですが、良い点ばかりとは言い切れません。
とくに、今回のように相続手続(遺産分割協議)をするために成年後見制度を利用する場合には、いくつか注意しなければならない点があります。
・成年後見人は本人が死亡するまで職務を行う
成年後見人は、一旦就任したら本人が死亡するまで職務を遂行することになります。
「遺産分割協議が終わったから後見人を終了する」というようなことはできないのです。
・成年後見人は本人の権利を放棄することができない
成年後見人は、職務を行うにあたり、本人の権利を保護する必要があります。
そのため、遺産分割協議においても、本人の権利である「法定相続分」は守らなければなりません。
つまり、成年後見人としては、本人の法定相続分に相当する財産を取得できる内容の遺産分割協議でなければ応じることはできず、本人の相続分を放棄するような内容の遺産分割協議はできないということになります。
・専門家が成年後見人になった場合は、報酬が発生する
弁護士や司法書士などの第三者が成年後見人になった場合、後見人報酬が発生します。
後見人報酬は、本人の財産から差し引くことになるので、そのたびに本人の財産が減少することになります。
不動産の場合は、法定相続分で登記できるが…
不動産の相続登記については、法定相続分どおりに登記をする場合、遺産分割協議をすることなく相続人の一人が手続を行うことができます。
たとえば、父Aが亡くなって、認知症の母Bと子C・Dが相続人の場合、「B2分の1・C4分の1・D4分の1」という法定相続分どおりの内容の相続登記であれば、子CもしくはDの1人から申請することができます。
しかし、相続した後のことを考えると、法定相続分の内容で相続登記をすることが良い結果にならないケースが多いです。
まず、法定相続人による共有状態になると、将来不動産を処分(売買や贈与等)する場合、全員の意見が一致しないと処分できないことになり、非常に処分しづらい状態になります。
また、認知症の相続人が共有者の一人となるため、将来不動産の処分を検討するときに、結局成年後見制度の利用を考える必要があります。
そのため、将来処分する予定のない不動産について相続登記をする場合にはよいかもしれませんが、それ以外の場合にはあまり望ましい方法とは言えないでしょう。
遺言は事前の対策として有効な手段
以上のように、相続人の中に認知症の方がいる場合は、相続手続が思うように進まない場合が多いです。
このような事態を防ぐために、非常に有効な手段が「遺言」です。
遺言があれば、遺言の内容どおりに相続財産の分配をすることができるので、遺産分割協議をする必要がありません。
つまり、相続人の中に認知症の方がいる場合でも、成年後見制度の利用など複雑な手続を踏むことなく、スムーズに相続手続を進めることができるのです。
まとめ
高齢化が進む現代の社会では、いつ誰が認知症になってしまってもおかしくありません。
今回の記事でご紹介したとおり、相続人の中に認知症の方がいる場合の相続手続は簡単に進めることができないため、相続人の方の負担も大きくなってしまいます。
将来に何が起こるか分からない以上、事前の予防策として、できることはやっておくことが大切となります。
相続手続において、事前にできる一番の対策は、遺言を作成することです。
今回のような認知症が関わるケースにおいても、遺言を作成することの大切さが浮き彫りになりました。
あとに残される相続人の家族のために、今一度遺言について考える機会を作ってみるのもよいと思います。